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「新書」編集長にきく

第7回

平凡社新書編集長 飯野 勝己さん
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一押しは、『被差別部落のわが半生』
タイトル決定までの道筋を教えてください。
飯野
タイトルは、複数の立場や主張が入るので、とても難しいですね。特に新書は商品性が強いジャンルですから、編集サイド、営業サイド、会社全体の意向など、全員が納得するものを摺り合わせていく作業が必要になります。はじめに各編集者が著者と打ち合わせます。相手の希望を聞いたり、こちらのイメージを伝えたりして話し合った案を編集部の会議に提案します。そこで、著者、担当編集者、新書編集部全体の意向が入ったタイトルを、編集サイド案として固めます。それを、タイトル、部数、定価という商品としての大事な3つの要素を決める「商品化会議」で提案します。会議では、編集部、営業部、役員、編集部長などが出席して議論し合います。編集部の提案が通ることもあれば、会議の流れで変わる場合もあります。編集部案が通らなかった場合は、著者と相談しなおし、再提案を出します。最近は「本のタイトルは作品名ではなくて、あくまで商品名だから、出版社の意向を大切にします」という柔軟な著者が増えている印象がありますね。
タイトルについての基本的な方針はありますか。
飯野
タイトルには流行りがあると思います。ある時は妙に長いものが流行ったり、またある時は「~とは何か」のような問いかけが受けました。結構短いサイクルですが、その時々で微妙な流れがあるので、まずはそれを敏感にとらえるのが大事です。ただ、流行に左右されるだけで主体性がないのもよくありませんから、基本的には、がっちりしたタイトルを付けるべきだと考えています。長めで散文的なものや口語的なものは、あくまでも変化球であって、決め球は、「短めで、そのものズバリ」のタイトルが基本だと思っています。個人的にも、短いタイトルが好きです。
ノウハウはありませんし、複数のタイトルで出してみて、どれが売れるか比べることもできませんから、常に頭をひねって模索しています。理想は企画の段階からタイトルが決まっていることです。時には、最後の最後まで決まらないこともあるんですよ。決まらないから悪い本というわけではないのですが、どうしてもタイトルを付けにくい本もあります。
これは成功したと思われたタイトルについて教えてください。
飯野
私が担当した『大江戸死体考』(氏家幹人著)の「死体考」というのは、よかったなと思っています。4万部ほど売れました。実はアイデアは私ではなく、他の編集者が出したんです。その人は後々まで自慢していました(笑)。他にも、『肉体不平等 /ひとはなぜ美しくなりたいのか?』(石井政之著)や『カメラ至上主義!』(赤城耕一著)など、短くてバシっと決まったタイトルは新書らしくてよかったと思っています。
『デパートB1物語』(吉田菊次郎著)や『日本の無思想』(加藤典洋著)には驚かされました。
飯野
『デパートB1物語』は、創刊2ヵ月後に私が担当しました。当時、デパ地下ブームで話題性がありましたので、最初に著者と相談しているときから、このタイトルでいこうと決めていました。
『日本の無思想』は、評判がよかったです。ご存じの通り、あの有名な丸山真男さんの『日本の思想』(岩波新書)のもじりで、ちょっと揶揄しているところもあります。岩波新書の超定番に対する挑発がこもっていますよね。
『バカの壁』(養老孟司著、新潮新書)は話題になりました。
飯野
実は、世間で言われるほどいいタイトルとは思わないんですよ。発売当時、「変なタイトルだなー」と思ったのを覚えています。ベストセラーの特徴というのは、普段本を読まない人が読むことにありますから、どうも初めて養老さんの本に触れる人が買ったようですね。本は、ある時期からは、「売れているから売れる」というサイクルに入ります。そういうエンジンがかかるまで受けたのがなぜかはよくわからないですが、ポイントは「断言」という点にある気がします。養老さんは、基本的に「断言」の人ですよね。「脳がこうなっているから、人間こういうことに決まっているのです」、という感じで。やっぱり世の中、他人に断言してもらいたい人が多いんだね、という印象が残っています。
最近の本の中で、これぞ、という一押しの本はありますか。
飯野
直近でいえば、なんといっても『被差別部落のわが半生』(山下力著)ですね。2004年11月に出てから、どんどん重版がかかって、4刷りで3万部近く出ています。最初企画が提案されたとき、やけに渋いなと思ったのですが、原稿を読ませてもらうとすごく面白い。被差別部落出身の著者は、奈良県議会議員で、奈良県部落解放同盟支部連合会の理事長です。大学中退後、しばらく釜ヶ崎で日雇い労働に従事し、酒やギャンブルなど自暴自棄な生活を送っていたのが、ある日、こんなことをしていてはいけないと自分のルーツに立ち返り、部落解放運動に入っていったそうです。堅いところは全然なく、読み物としても非常に面白い。けれども、売れたのは意外(笑)。このような難しい問題でも関心を持つ読者がきちんといるということに気づかされました。
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シリーズ全体で一つの百科に
総タイトルと、市場に流通している点数は? また、今までで、人気のあった本をあげて下さい。
飯野
総タイトルは262点、市場に流通しているのは257点(2005年2月現在)ですが、ジャンルは非常にばらけています。ここ2、3年に限ると、1位は、『憲法対論/転換期を生きぬく力 』(奥平康弘、宮台真司著)、2位は『ヨーロッパ鉄道旅行の魅力』(野田隆著)です。3位の『大和朝廷と天皇家』(武光誠著)や6位の『戦国15大合戦の真相』(鈴木眞哉著)は、定番の歴史もの。4位は『肉体不平等 /ひとはなぜ美しくなりたいのか?』(石井政之著)。5位の『カメラ至上主義!』(赤城耕一著)のように趣味的なものも評判がいいですね。心理を扱った分野では『人格障害の時代』(岡田尊司著)がとてもよく売れました。
ロングセラーについては、どうでしょう。
飯野
刷りを重ねたものは、上位から、『ぎりぎり合格への論文マニュアル』(山内史朗著)の9刷で3万6000部、『大江戸死体考』(氏家幹人著)の7刷で4万部、『蝦夷の古代史』(工藤雅樹著)の4刷で1万9000部などがあります。『グローバリゼーションとは何か』(伊豫谷登士翁著)も定期的に重版して、今は3刷で1万4000部です。教科書的に広く使われているようです。
今後、特に挑戦したい分野は。
飯野
すでにあらゆる分野がありますから、なかなか難しいところですが、個人的には、広い意味での「人の生き方」や「社会のあり方」に関わるものが求められているし、考える役割があると感じています。いま人が困っているのは、よい社会になかなかならないからじゃないんですね。それ以前に、そもそも「どういう社会ならよい社会で、どういう生き方ならよい人生なのか」、ということがわからなくなって皆困っているわけですよ。そういう思いに応えていきたい。別に、直接的な人生論や社会哲学でなくていいんです。たとえば、ちくま新書の『子どもが減って何が悪いか!』(赤川学著)は、個人の生き方や社会のあり方をどういう風にイメージしていくか、という問いかけを根本的なところから提示している本だと思います。どの問題も、他人事ではなく、自分のこととして考えることが大切ですね。

ジャンルで分けると、まだまだ隙間があります。もちろん商品ですから、売れゆきがいいテーマに力を注いでいかざるを得ません。とはいえ、やはり、ジャンルの隙間を埋めていくことで、最終的には平凡社新書全体で自ずと成長していく「百科」になるようなシリーズを目指しています。後々の財産にもなるはずです。結果的に全体像が見えれば、シリーズとしての意味も出てきます。まず全体を見てしまうと、量に圧倒されて見えなくなりがちですが、細部は実は穴だらけです。そういうところをきちんと見越した上で企画を考えていくようなゆとりを持ちたいと思っています。
具体的には、どのようなタイプの新書をお考えなのでしょうか。
飯野
一般論でいうと、レファレンス的なものがもっとあってもいいかなと思っています。すでに何冊か作っていて、『キリスト教歳時記』(八木谷涼子著)は私が企画しました。クリスマスは知っているけれど、たとえばイースターなんて、時期も意味も知らない、名前しか知らないという人が多いですよね。そこで、一冊であらかたわかる本を作りたいと思いました。他社で、「こういうの作りたかったのにやられたな」(笑)と思ったのは、中公新書の『歴代天皇総覧』(笠原英彦著)です。天皇の列伝が一代からすべて記載してありますが、よく売れました。歴史的なものだけでなく、地誌でも世界規模のものでもいいんですが、有望なジャンルだと思いますし、新書の一つのスタイルだと感じています。
平凡社の基本的な考えや思想を教えて下さい。
飯野
政治的な点では、右でも左でもイデオロギーに基づいたものはやりたくないというのが大前提です。ここでイデオロギーというのは、問いに対して客観的な探究を行うのでなく、最初から出ている答えに合わせて問いをつくるような思考の進め方をいいます。
伝統的にいうと、平凡社はリベラルな風潮がありましたが、今はそれほど強い政治性はないと思います。私個人としては、どっちの側に振れるのもイヤですね。あくまでも客観的で冷静な視点が大事だと感じています。
個人的な質問になりますが、印象に残っている新書は何ですか。新書以外の愛読書は。
飯野
なんといっても、講談社現代新書の『ウィトゲンシュタイン』(ノーマン・マルコム著)です。哲学者ウィトゲンシュタインの弟子マルコムによる回想録です。教師としても生活人としても、非常に変わった人物だったウィトゲンシュタインですが、物事に取り組む時のある種の真剣な姿や、教師や友人として他者に接する様子が描かれています。基本的には「困った人」なんですが、独特な真摯さや誠実さにはとても感銘を受けます。若い人にぜひお奨めしたいものです。で、とてもよい本なのに残念ながら品切れになっていたので、それなら平凡社から出そうということで、私が担当して98年に「平凡社ライブラリー」として復刊した、というオチがつくんですが・・・。(笑)
平凡社は、所属部署に完全専業しなさいという会社ではないので、担当の仕事をちゃんとやったうえで、他部署の本を企画することもあります。「平凡社ライブラリー」からはその他『ウィトゲンシュタインのウィーン』(S. トゥールミン、A. ジャニク著)など合計4冊ほど担当しました。新書の編集者が単行本を企画することもありますし、他の部署の人が新書企画を提案して、フィニッシュまで手がけることもあります。お互いに器を利用し合うことで、よりよい本作りを目指しています。
新書ではほかに、『ことばと文化』(鈴木孝夫著、岩波新書)も記憶に残っています。言語学というよりも一種の日本文化論で、「なるほど」という感じを強く受けました。言葉の意味というより、用法や使い分けにもとづいて、説得力をもって書かれています。最近のものでは、『道徳を基礎づける』(フランソワ・ジュリアン著、講談社現代新書)が印象深かったです。新書としては分量的にもレベル的にも難しい倫理学書なのですが、とてもインパクトがあって面白かったです。

新書以外の愛読書というと、すぐに思い浮かぶ1冊は、岩崎武雄さんの『カント』(勁草書房)ですね。とてもわかりやすい入門書なのですが、それを超えて心に響くものがありました。大学4年のときに読んで、大学院に進もうと決めたきっかけになった本です。別にカント哲学を専攻したわけでは全然ないんですが、なぜか非常に感銘を受けた、思い出深い本です。読み終わったとき、アパートの部屋に夕日が差し込んでいた光景が、いまでも浮かんでくるんですよ。
2005年2月7日 国立情報学研究所
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被差別部落のわが半生
『被差別部落のわが半生』
山下力著
平凡社新書
大江戸死体考/人斬り浅右衛門の時代
『大江戸死体考』
氏家幹人著
平凡社新書
日本の無思想
『日本の無思想』
加藤典洋著
平凡社新書
憲法対論/転換期を生きぬく力
『憲法対論』
奥平康弘、 宮台真司著
平凡社新書
ぎりぎり合格への論文マニュアル
子どもが減って何が悪いか!
『子どもが減って何が悪いか!』
赤川学著
ちくま新書
キリスト教歳時記/知っておきたい教会の文化
『キリスト教歳時記』
八木谷涼子
平凡社新書
歴代天皇総覧/皇位はどう継承されたか
『歴代天皇総覧』
笠原英彦著
中公新書
ウィトゲンシュタイン/天才哲学者の思い出
『ウィトゲンシュタイン』
ノーマン・マルコム著
平凡社ライブラリー
ことばと文化
『ことばと文化』
鈴木孝夫著
岩波新書
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