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「新書」編集長にきく

第4回

講談社現代新書出版部部長 上田 哲之さん
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40周年記念の蔵出し原稿『中国の大盗賊・完全版』
お薦めは『はじめての構造主義』
「学生時代は岩波新書ばかり読んでいました」
40周年記念の蔵出し原稿『中国の大盗賊・完全版』
今回刊行の10点から、いくつか具体的に解説していただけますか。
上田
例えば、『大人のための文章教室』は、「文章の書き方」という、新書の大定番テーマの一つですが、著者が清水義範さんですから普通のことは書かれないわけです。文章に対して様々な実験をされてきた作家の清水さんが、テンマルの打ち方から何から、文章の技というものを、自分でオリジナルの例文を作りながら書いて下さったところに独自性があります。普通の文章読本というのは、大作家の名文が並んでいて、ここがいいという説明がなされることが多いのですが、清水さんには、新しい時代の日本語のスタンダードを作ろうという裏テーマがあると思います。単なる「文章教室」ではありませんし、さすがに読ませる技をもっています。
また、『生きづらい<私>たち』の香山リカさんは、最近では「ぷちナショナリズム」という言葉で注目されています。今回の本では、彼女が本業の精神科医として関わっている、現代日本の若い世代に共通の病理、症状を、病気と診断するのではなく、しかも、かなり鮮やかに解いてみせています。いま、自分の心を持てあまして生きている人たちについてのヒントがこの本には隠されています。
企画として変わっているのは、高島俊男さんの『中国の大盗賊・完全版』です。以前、『中国の大盗賊』という本を出した時、あとがきに「420枚せっかく書いたけれども、当初の注文が270枚だったため、やむなく150枚分削除した」という主旨のいきさつを書いておられます。高島さんは後に『漢字と日本人』(文春新書)というベストセラーを出されましたが、当時は、新書は厚いと売れにくいこともあり、270枚くらいにしましょうと編集部が申し上げたわけです。今回は、創刊40周年といういわばお祭りです。ちょっと分厚い完全版が出るというのも、読者のニーズにこたえることになるのではないかと考えました。そこで、完全版をやりませんかとお話ししたところ、実現することになりました。10数年前の原稿やカットした原稿など、段ボールに詰めてあった原稿を探し当てて作りました。高島さんは、前の版を出してから中国は何が変わったのか、「国家」という意味が、現在よく使われるネーションステートとしての「国家」と全く異なることについてなどを、今回のあとがきに書いて下さいました。
筆者について教えてください。「教養」ということになると、やはり学者や研究者が中心になりますか。
上田
過半数は学者の方々になります。最近は大学も過渡期で、研究のほかに雑務が増え、みなさん大変お忙しいようです。書きたいのに時間がないという方に何とかお願いしています。
岩波の場合は、同じ教養書といってもリベラルだという路線がはっきりしていて、啓蒙的な色彩があります。それに比べると中公はニュートラルな感じがしますが、講談社としての教養の特色とは。
上田
講談社は本質が雑誌社なわけです。創業者が言っているように「おもしろくて、ためになる」ものをめざす会社です。価値観は多様であり、一冊一冊、どの方向を向いていても「講談社現代新書なんだ」ということでいいと思っています。だから、右も左も真ん中も何もありません。ただ、「考え方として新しいのかどうか」というところを追求し、「こういう考え方もある」という多様性を提示したいのです。
講談社の中には、ブルーバックスや+α新書がありますが、"すみ分け"はあるのでしょうか。
上田
明確にすみ分けてはいませんが、基本路線はあります。まず、ブルーバックスは理科系の新書です。想定する読者は、理系の研究者や学生や読書人です。+α新書は、今は基本的には「趣味・娯楽・実用」の分野に特化して作っていこうという方向性で作っています。我々は教養新書です。もちろん重なることもありますが、知の分野では文科も理科もなく物事が進んでいるわけですから、それを捉える必要はあるとも思っています。
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総タイトルと、市場に流通している点数はどのくらいになりますか。また、これまで好評だった作品を教えて下さい。
上田
総タイトルは、1,748点で(2004年10月現在)、現在流通しているのは600点くらいです。“絶版”となったものが講談社学術文庫に入ることもあります。最も刷りを重ねた本は、中根千枝さんの『タテ社会の人間関係』で現在110刷です。部数でみると、渡辺昇一さんの『知的生活の方法』が約115万部売れました。
私は、「現代新書でナンバーワンはなんですか」と聞かれた時には、橋爪大三郎さんの『はじめての構造主義』と答えることに決めています。構造主義という思想を新書で紹介するにあたって、あんなに魅力的に書ける本はないでしょう。もちろん、これはある種のゲームですよ。1700冊を超えて、さまざまなジャンルを扱っているわけですから、厳密な意味で、順位付けすることなど、不可能です。もちろん他にもナンバーワンだと言いたい書目はたくさんありますし。ただ、『はじめての構造主義』が新書としてきわめて魅力的な原稿であることはたしかです。
『バカの壁』(養老孟司著、新潮新書)が話題になりましたが、最近の手軽に読める新書についてはどう思われますか。
上田
新書の可能性が多様になったという意味では、良かったと思っています。岩波だけが新書というわけではありませんから、新書に様々な方法があって当たり前だと思っています。「なるほど、『バカの壁』のような本が、今の読者には受ける」ということを教わりました。軽ければ良いというわけではありませんし、もちろん重ければいいというわけでもありませんが、作る側だけが満足していても、読んでもらわないことには仕方ないですから。
タイトルで「参ったな」と思ったのは、『ケータイを持ったサル』(正高信男著、中公新書)です。このような「やられたな」と思うタイトルには感服します。
講談社では、タイトルはどのようにして決めていますか。
上田
基本的には担当者と著者が相談して決めてきて、それを私が最終的に決定するという流れになっています。色々な考え方があると思いますが、最終的には著者に従います。本は、やはり著者のものだと思いますから。あまりひねったものよりも、見た瞬間に何かがわかるタイトルがいいと思っています。
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「学生時代は岩波新書ばかり読んでいました」
個人的なことをお聞きしたいのですが、学生時代に読んで印象に残った新書は何でしょうか。 新書以外ではふだん、どのような本を読みますか。
上田
実は、岩波新書ばかり読んでいました。生まれて初めての新書は、高校時代に読んだ『ケインズ』(伊東光晴著)です。『日本の歴史』(井上清著)、『昭和史』(遠山茂樹、今井清一、藤原彰著)、『実存主義』(松浪信三郎著)、全て岩波新書です。岩波が当時の時代の常識でした。
普段も、どうしても仕事絡みの本が多くなってしまいますが、一番最近読んだのは、丸谷才一さんの『後鳥羽院 第二版』(筑摩書房)です。この本は増補版ですが、以前「日本詩人選」のシリーズ二冊で出された『後鳥羽院』(筑摩書房)を三十年後に、第二版として出すという作家の見識に惹かれます。あとがきを読むと、三十年前に、『後鳥羽院』を書きながら、引用は旧仮名で、本文は新仮名で書いていたというんです。そのあまりの煩雑さに自分で我慢ならなくなって、どう考えても旧仮名の方が合理的だから、私は旧仮名でいくことにした、と書いてあります。30年の時を感じられる本です。たまたま33年ぶりの新装幀の時期と重なりましたから、時間というものの流れを感じながら読みました。
これから是非作ってみたい本は、どんなものでしょうか。
上田
まだ頭の中にはありません。本は、めぐりあうものだと思っています。最近、自分が編集したもので大きな社会的事件になった本は、池内恵さんの『現代アラブの社会思想』(2002)だと思います。彼がまだ無名の20代の頃で、当初の売れ行きはそれほどでもなかったのですが、この本で大きな賞(2002年度大佛次郎論壇賞)を受賞し、池内さんはブレイクするわけです。池内恵という著者を世に問うことで、アラブ社会についてのものの見方、考え方の一つは提示出来たと思っています。編集者冥利に尽きる本でした。哲学で言うと、『ウィトゲンシュタインはこう考えた』(鬼界彰夫著)も名著と言っていいのではないかと思います。哲学の新書を手がける人間としては、良くできた本という満足感はありました。いい筆者に、いつ会えるのかということを楽しみにして生きています。
2004年10月15日 講談社にて
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『大人のための文章教室』
清水義範著
講談社現代新書
『生きづらい<私>たち』
香山リカ著
講談社現代新書
『中国の大盗賊』
高島俊男著
講談社現代新書
『タテ社会の人間関係』
中根千枝著
講談社現代新書
『はじめての構造主義』
橋爪大三郎著
講談社現代新書
『ケインズ』
伊東光晴著
岩波新書
『現代アラブの社会思想』
池内恵著
講談社現代新書
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