例えば、
『大人のための文章教室』は、「文章の書き方」という、新書の大定番テーマの一つですが、著者が清水義範さんですから普通のことは書かれないわけです。文章に対して様々な実験をされてきた作家の清水さんが、テンマルの打ち方から何から、文章の技というものを、自分でオリジナルの例文を作りながら書いて下さったところに独自性があります。普通の文章読本というのは、大作家の名文が並んでいて、ここがいいという説明がなされることが多いのですが、清水さんには、新しい時代の日本語のスタンダードを作ろうという裏テーマがあると思います。単なる「文章教室」ではありませんし、さすがに読ませる技をもっています。
また、
『生きづらい<私>たち』の香山リカさんは、最近では「ぷちナショナリズム」という言葉で注目されています。今回の本では、彼女が本業の精神科医として関わっている、現代日本の若い世代に共通の病理、症状を、病気と診断するのではなく、しかも、かなり鮮やかに解いてみせています。いま、自分の心を持てあまして生きている人たちについてのヒントがこの本には隠されています。
企画として変わっているのは、高島俊男さんの
『中国の大盗賊・完全版』です。以前、
『中国の大盗賊』という本を出した時、あとがきに「420枚せっかく書いたけれども、当初の注文が270枚だったため、やむなく150枚分削除した」という主旨のいきさつを書いておられます。高島さんは後に
『漢字と日本人』(文春新書)というベストセラーを出されましたが、当時は、新書は厚いと売れにくいこともあり、270枚くらいにしましょうと編集部が申し上げたわけです。今回は、創刊40周年といういわばお祭りです。ちょっと分厚い完全版が出るというのも、読者のニーズにこたえることになるのではないかと考えました。そこで、完全版をやりませんかとお話ししたところ、実現することになりました。10数年前の原稿やカットした原稿など、段ボールに詰めてあった原稿を探し当てて作りました。高島さんは、前の版を出してから中国は何が変わったのか、「国家」という意味が、現在よく使われるネーションステートとしての「国家」と全く異なることについてなどを、今回のあとがきに書いて下さいました。