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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2008年5月刊行から 菊地 武顕

08/06/15

格差拡大の当事者が優雅にも音楽本を出版

 新書創刊ブームは、まだまだ続くようだ。5月には日本経済新聞出版社から「日経プレミアシリーズ」が創刊された。まずはその第1弾6冊の書名と著者名を紹介する。『音楽遍歴』(小泉純一郎著)、『傷つきやすくなった世界で』(石田衣良著)、『吾々は猫である』(飯窪敏彦著)、『日本をダメにした10の裁判』(チームJ編)、『バカ社長論』(山田咲道著)、『ビジネス脳を磨く』(小阪裕司著)。
 これは何度も指摘してきたことだが、近年、新書の「幅」がどんどんと広がっている。これまでなら取り扱わないような内容の本が、新書として出るようになってきたのだ。
 今回の「日経プレミアシリーズ」創刊6冊をみると、その思いはますます強くなってくる。同シリーズの輝ける「001」である『音楽遍歴』は、元首相に政治以外のことを書かせた異色の本。庶民だけが痛みを伴う構造改革のせいで格差が拡大している中、その政策を押し進めた当事者が悠然と音楽本を著すとは……。もちろん売れているようだが、この異色本を創刊の目玉にしたことで、「教養新書」創刊の気概がかえって伝わらなくなってしまったのではないか。
 また『吾々は猫である』は、純粋な写真集。写真が主で、文章が従である新書はいくつかの出版社からシリーズ化されているが、純粋な写真集は初めてではないだろうか。
 さらにいえば、『傷つきやすくなった世界で』は、〈「R25」の好評連載「空は、今日も、青いか?」をまとめたエッセイ集〉であると記されている。新書とエッセイとはなじまない。そう考える保守的な層も多いだろう。あるいは、新書は書き下ろしであるべきだと考えている人も多いに違いない。「連載をまとめたエッセイ集」というだけで、十分に「新しい」わけだが、その元本というのが「R25」だとは……。
 いずれにせよ日本経済新聞社という巨大な会社をバックに、新しいことを押し進める同シリーズの今後に注目したい。

運転士の仕事を深く掘り下げた“テツ”本

 では改めて、5月刊行の新書を見ていこう。
 最近「日本史」本が人気であるが、5月には「戦国時代」について記した本が3冊も出ている。
 どうして合戦は起こるのか? 合戦に際してどのような準備が行われていたのか? 武具はどのようなものが用いられていたのか? 『戦国の合戦』(小和田哲男著、学研新書)はそうした問いに答えながら、武将達が駆使した戦略・戦術を解説する。
 同じく合戦を分析するのが『軍需物資から見た戦国合戦』(盛本昌広著、新書y)。有事の際の軍需物資(とりわけ木材、竹)を普段からどのようにして確保していたかについて記す。著者によれば、これが合戦の勝敗を決めたという。
 戦国時代の著名人の虚実に迫るのが、『戦国史の怪しい人たち/天下人から忍者まで』(鈴木眞哉著、平凡社新書)。豊臣秀吉、宮本武蔵、石川五右衛門ら多くの人物の、特異な個性による「怪物度」を計りながらその実態に迫ろうと試みる。
 やはり人気テーマである「鉄道」に関する本も3冊ある。それぞれが、ある種の“テツ”向けに作られているのだろう。いずれも実に個性的。それゆえ、たとえ少々鉄道に興味を持っている人でも、この3冊の全てを楽しめるということはないのではないだろうか。
 まずは『電車の運転/運転士が語る鉄道のしくみ』(宇田賢吉著、中公新書)。驚くべき本といえよう。帯にはこう書かれている。〈時速100キロ以上の速さで数百トンの列車を率いて走行し、時刻通りにホームの定位置にピタリと停める……。このような職人技をもつ運転士は、何を考え、どのように電車を運転しているのだろう。(略)JRの運転士として特急電車から貨物列車まで運転した著者が、電車を動かす複雑精緻なシステムと運転士という仕事をわかりやすく紹介する〉
『乗りテツ大全/鉄道旅行は3度楽しめ!』(野田隆著、平凡社新書)は、旅行とも密接な関係を持つ「乗りテツ」という分野(?)の鉄道ファン向けの本。まずは妄想旅行をし、次いで実際に鉄道に乗り、さらに旅の余韻に浸る。その3種の楽しみを解説する。
カラー版さらば栄光のブルートレイン』(伊藤岳志著、新書y)は、かつて「走るホテル」と賞賛されながら続々と姿を消していくブルートレインをカラー写真で紹介する。

なぜ大人たちは“モンスター”化するのか

 5月にはこうした人気テーマの本とは別に、時代を反映した問題を取り上げた本がいくつも出ている。
 嫌でも目につくのが、「クレーム、クレーマー」を取り上げた本と「ケータイ小説」本である。5月の刊行を受けて、「新書マップ」ではこのふたつのテーマを新設することになりそうだ。
『あなたの隣の〈モンスター〉』(齋藤孝著、生活人新書)は、ちょっとした負荷に耐えきれずにすぐに怒鳴り、殴り、蹴り出す愚かな大人の増殖について解説。これまで幾つかの新書で取り上げられてきたモンスター・ペアレンツ=馬鹿親についても、もちろん触れられている。
プロ法律家のクレーマー対応術』(横山雅文著、PHP新書)はそれとは異なり、企業に対して執拗にクレームをつける悪質クレーマーへの対応法を紹介するもの。「お客様第一」などという偽善に満ちた建前的な顧客主義からの脱却を主張する。
ケータイ小説のリアル』(杉浦由美子著、中公新書ラクレ)、『ケータイ小説活字革命論/新世代へのマーケティング術』(伊東寿朗著、角川SSC新書)と、ケータイ小説を持ち上げる本が2冊出たが、私は『ケータイ世界の子どもたち』(藤川大祐著、講談社現代新書)に興味を持った。私が2人の中学生の子を持つということが大きいのだろうが、携帯電話の負の部分を考察する同書は、ケータイ小説を賞賛し、あわよくば金儲けにつなげようとする本よりも、遙かに重要なことを提示していると感じる。

アフリカや中東の国境線に直線が多い理由

「どうやって働くか」を考えさせる本も2冊出た。『いま、働くということ』(大庭健著、ちくま新書)は、哲学者である著者が、労働環境が悪化していくなかで、「なぜ働くのか」を真正面から問いただす。
 自宅のパソコンや、出先でモバイルツールを用いて働く――。オフィス以外の場所での労働が増加しているが、それは果たして歓迎すべきことなのか? 『テレワーク/「未来型労働」の現実』(佐藤彰男著、岩波新書)は、政府や一部企業が「夢の未来型労働」と煽るテレワークの実態・問題点を暴いていく。
 他にも5月には、普段ならあまり刊行されないテーマに挑んだ本が多く、非常に面白かった。広い意味で「地図」を取り上げたのが、『世界の奇妙な国境線』(世界地図探求会著、角川SSC新書)と『言語世界地図』(町田健著、新潮新書)。前者を読めばいびつな国境線が引かれた経緯を紐解くことで意外な世界史を知ることができる。後者は主要46言語の成り立ち、使われている地域等々を徹底的に調べ上げた。
「富士山」に関する本も2冊出ている。『登ってわかる 富士山の魅力』(伊藤フミヒロ著、祥伝社新書)と『富士山を汚すのは誰か/清掃登山と環境問題』(野口健著、角川0neテーマ21)である。
「猫」については、前述の写真集『吾々は猫である』(飯窪敏彦著)ともう1冊。『ネコ語がわかる本』(石川利昭著、学研新書)は、猫ともっと仲良くなるために動物行動学を学ぶことを勧める。
「富士山」や「猫」ならまだしも、なぜ今、このようなテーマの本が? と感じたのが、「源氏物語」本。なぜ2冊も出たのかと不思議に思ったのだが、今年は源氏物語が世に出て1000年という節目の年だと書かれていた。自身の不明を恥じつつ、読むことにした。『源氏物語を読み解く100問』(伊井春樹著、生活人新書)と『逢瀬で読む源氏物語』(池田和臣著、アスキー新書)である。
 最後に触れるのは、「ジャガイモ」本。『ジャガイモのきた道/文明・飢饉・戦争』(山本紀夫著、岩波新書)が刊行された。1月には『ジャガイモの世界史/歴史を動かした「貧者のパン」』(伊藤章治著、中公新書)が出ている。ジャガイモをストレートに取り上げた本はまだこの2冊しかない。が、格差社会のなかでどんどんと増えて「新書マップ」でテーマを設けることになるのだろうか。日本は、「貧乏人はイモを食え」という国になってしまう? 「人生いろいろ」だから!?

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働き、近年は映画、健康を中心に取材、執筆。
現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

日本をダメにした10の裁判

日本をダメにした10の裁判
チームJ編
(日経プレミアシリーズ)

戦国の合戦

戦国の合戦
小和田哲男著
(学研新書)

『電車の運転/運転士が語る鉄道のしくみ』
宇田賢吉著
(中公新書)

カラー版さらば栄光のブルートレイン

カラー版さらば栄光のブルートレイン
伊藤岳志著
(新書y)

あなたの隣の<モンスター>

『あなたの隣の<モンスター>』
斎藤孝著
(NHK生活人新書)

プロ法律家のクレーマー対応術

プロ法律家のクレーマー対応術
横山雅文著
(PHP新書)

ケータイ世界の子どもたち

ケータイ世界の子どもたち
藤川大祐著
(講談社現代新書)

テレワーク/「未来型労働」の現実

テレワーク/「未来型労働」の現実
佐藤彰男著
(岩波新書)

世界の奇妙な国境線

世界の奇妙な国境線
世界地図探求会著
(角川SSC新書)

登ってわかる 富士山の魅力

『登ってわかる 富士山の魅力』
伊藤フミヒロ著
(祥伝社新書)

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